【Interview】SFの世界を現実に インテグリカルチャー代表・羽生が細胞農業を文化にしたい理由

宇宙船の中で培養される食べ物——そんなSFのワンシーンのようなアイデアを「細胞農業」というアプローチで形にしようとしているのが、私たちインテグリカルチャーです。細胞農業とは、細胞を培養することで食や素材をつくるものづくりのかたちであり、新たな産業です。昨今注目されることも増えてきた「細胞性食品」。その価値として、環境問題や食料危機の解決策になることをご存知の方も多いかもしれません。しかし、代表取締役の羽生雄毅が見据えているのは、それだけではありません。
羽生はなぜこの分野に惹かれたのか、どんな未来を思い描いているのか——幼少期の原体験から、細胞農業を「文化」にしようとする理由まで、その思考やビジョンを本人の言葉で紐解きます。
インタビュイー/羽生雄毅 Yuki Hanyu
インテグリカルチャー代表取締役 CEO。2010年、University of Oxford Ph.D. (化学)取得。 東北大学 PD研究員、東芝研究開発センター システム技術ラボラトリーを経て、2015年10月にインテグリカルチャーを共同創業。
——羽生さんが「細胞性食品」や「細胞農業」に出会った原点はどこにあるのでしょうか。
羽生:最初から社会課題を解決しよう、という発想ではなかったんです。どちらかというと、すごく個人的な「好き」や「妄想」に近いところが原点ですね。
小さい頃からSFが好きで、未来の世界を考えるのが当たり前でした。子どもって、お絵描きするじゃないですか。僕の場合、高さ3kmの高層ビルや空飛ぶクルマ、宇宙船ばかり描いてましたね。その宇宙船の中には食べ物をつくる装置があったり、見たこともない素材が培養されていたり。「未来にはこういうものがあるはず」という妄想がずっと頭の中にあったんです。
その延長で理系に進むわけですが、世の中の真理を突き詰めていく純粋科学よりも「何かをつくる」応用科学を選びました。博士課程ではナノテクノロジー、ポスドクでは蓄電池の研究をしていましたが、共通していたのは「SFに出てきそうな技術を、現実に近づけたい」という気持ちでしたね。
——数ある未来技術のなかで、なぜ「細胞農業」だったのでしょうか。
羽生:28歳くらいのときに「本気で自分の手で未来をつくるなら何をやるか」を考えました。やりたいことは山ほどありましたが、細胞農業が「ちょうどいい」と思ったんですね。
基礎技術は揃っている。ラボではその技術の実証もされている。それなのに、本気で取り組んでいる人が驚くほど少なかったんです。
理由を調べていくと、技術的に無理だからではなく「お金がかかる」「分野の境界で扱いづらい」「誰がやるのか決まっていない」といったことだったんです。人間の都合で後回しにされている状況を知って、これは未踏というより、放置されているだけだなと。自分が取り組むべき理由が見つかった感覚でした。
——羽生さんの描く未来は「人類中心」ではない印象があります。
羽生:そうですね。「ペイル・ブルー・ドット」の話が象徴的ですが、宇宙から見た地球は本当に小さな点です。宇宙規模で見れば、人類も自然現象の一つにすぎないんですよね。
でも、だからといって虚無的になっているわけではありません。むしろ逆で、その小さな存在が「意味」を生み出していること自体がすごく面白いと思っています。人間が存在するからこそ、いろいろな物事に意味が見出されているわけですよね。
人間に限らなくてもいい。AIと一緒でもいいし、他の生物と共進化してもいい。人間をどう生き残らせるか、ということよりも「どう世界を広げていくか」に興味があるんです。

——そういったビジョンのなかで細胞農業はどのような役割を果たすのでしょうか。
羽生:僕のなかでは、細胞農業は最初から食料生産だけの話ではありませんでした。培養肉は入り口にすぎなくて、本質は「細胞を使ったものづくり」だと思っています。
動物細胞を培養する技術は再生医療とも直結していますし、微細藻類を培養すれば、食料だけでなく素材やエネルギーの生成にもつながる。つまり、食べ物や医療、素材、エネルギーなどを分断せず「生命の力を借りて、お肉や素材(革や毛皮など)をつくり出す技術」として束ね直す。そこに細胞農業の本当の可能性があると思っています。
あとは単純にとても少ない資源で食料を確保できる技術であることは間違いありませんから、人間同士のいさかいの原因も減らせると考えています。世界で起こっている対立の多くは資源の配分に起因するものなので、そこを解消できれば対立する理由をなくせるわけです。SF映画でも、超少資源によって平和が保たれているユートピア的な世界が描かれることがありますが、それに近い考え方だと思います。
もちろん、食料不足、とりわけタンパク質は近い将来需給が逆転すると言われていますから(※)、細胞農業がその解決策の一つになることは疑いようはありません。気候変動問題の原因の一部として挙げられる飼料の生産、放牧地の拡大といった畜産業における環境課題も解消できます。
ただ、僕自身は「社会課題の解決につながるから」といって新しい技術を選ぶ人はそこまで多くないのではないか、と思っているんです。むしろ、新しい技術を体験してみたいとか、自分好みにカスタマイズしてみたい、そんな人たちが選ぶのではないかと考えます。
※「プロテインクライシス」と呼ばれる世界的なタンパク質供給不足の危機。人口増加を背景に、2050年には約0.2億トンのタンパク質不足、特に動物性タンパク質(牛・豚・鶏・羊・乳製品・水産品・その他動物由来)については約0.6億トンもの不足が生じると推計される(出典:野村総合研究所 NRI Management Review No.23 「細胞性食品の現状と社会実装・普及に向けた展望」より)。
——そうした考えが「文化にする」「民主化する」ことへのこだわりにつながっているのでしょうか。
羽生:それもありますね。インテグリカルチャーでは「みんなが使える細胞農業」を掲げ、細胞農業を「文化」にすることをビジョンとして掲げています。
文化って、みんなが触れるから増えるんですよね。コミケ(コミックマーケット)や初音ミクがそうで、完成度よりも「参加できる余白」があったから広がったのだと思っています。
もし細胞農業が、一部の巨大企業だけのものになったら、効率は上がるかもしれないけれど、面白さは失われます。例えば、近所の人がちょっと変わった細胞性食品をつくってみる。イベントで遊び心のある培養食品が出てくる。そういう「余白」があるほうが、結果的に強い文化になると思っています。
最近では、大阪・関西万博で「ミャクミャク肉」が展示されていました。今後は地域ごとに「ご当地物」の培養肉が出てきたり、培養家のYouTuberが現れたりするかもしれません。そうした「遊び」が文化をつくる重要な要素だと考えています。なぜそれにこだわるのかとよく聞かれますが、文化が増えたほうが世の中が豊かになると思うからです。
今、Web検索やSNSなどはプラットフォーム側の巨大企業がオーナーシップを持ちすぎている。それでコントロールし切れないひずみが生まれています。ユーザー側ができるだけオーナーシップを持てる仕組みがつくれたら、ユーザーが個性を持って、例えばラーメン屋で言うところの「秘伝のタレ」のようなものを持てるようになります。つまり「知財の配分」が実現するわけです。
——一方で、世界では培養肉が市販されるなど、動きも活発になっています。これらをどう見られていますか。
羽生:実際に市販が始まっている国もあります。ただ、仕組みとしては医療用のバイオリアクターを巨大化させて、一気に量産しようとする動きが多いんです。短期的には成果が出やすいですが、設備投資が大きくなるため、価格を下げにくくなる可能性があります。その結果『つくれるけど、買う人は少ない』という状況に陥る懸念があるのではないかと思っています。これは技術の問題というより、設計思想の問題です。
私たちはあくまで細胞農業を文化に育てていきたい。だから「どれだけ小さな資本で成立させられるか」「商店街レベルで回せる規模にできないか」という視点を重視しています。これまでも「勝手場」というサービスを通じて細胞農業スターターキットを販売してきましたが、近々パクトベット(packed-bed)と呼ばれる培養方式を採用した装置もリリース予定です。バケツや圧力鍋といった生活に身近なものを使って培養する。
個人の活動として、他の団体でも細胞農業を文化にするためのアプローチを実践していますが、そうしたエコシステム全体におけるインテグリカルチャーの役割は「物理インフラの提供」や「コミュニティづくり」です。みんなが「細胞を使ったものづくり」に参加できるように、仕組みやキット、技術、場を提供していく。ゆくゆくは知財の運用方法をつくる必要も出てくると思っています。
——最後に、インテグリカルチャーという名前に込めた思いを。
羽生:この名前は、会社をつくる前から存在していました。子どもの頃に想像していたSF世界に登場する、架空の企業名です。実はその世界を構成する社会制度など壮大な設定資料が実家にありますが、その世界に出てくる企業のうちの一つだったんです。「Integrity(誠実さ・完全性)」と「Agriculture(農業)/Culture(文化)」を組み合わせた造語です。

細胞農業という言葉が生まれたのが2015年頃なので、先にインテグリカルチャーと言う名称があって、創業するときに事業の内容にも合致するなと思い採用したという経緯です。偶然ではありますが、細胞培養が新しい農業のかたちになると考えていたので、方向性は間違っていなかったということになりますね。
夢想したSFの世界を具現化したいという純粋な好奇心で始まった羽生と細胞農業の物語。その世界の一部である「インテグリカルチャー」は実際に現実世界に飛び出し、運営されはじめて10年を迎えました。細胞農業が文化になる、そのアイデアも実現させるために、これからも皆さんに使っていただける技術や仕組みを提供していきます。